価値観

 

昨日、映画館から出てぼーっとしてたら近所に住む知り合いに会った。

わたしがひとりで映画を見ていたことに驚いていた。え、そんなに驚くことなのかなー、と思った。

だけどわたしは、その人がひとりでバーやカラオケに行くという話を聞いて驚いた。

 

わたしは自分が思ってるより自分の価値観にこもっているままだ。

 

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制約

母と服を買いに行くと、今持ってる服に合わせられるかを考えろと言われる。新しい服を買うときでさえ、過去に振り回されなくてはならないのだなあと思う。

若いうちは失敗してもいいのだと言うけれど、それを許さないのは母や大人だと感じる。

失敗しちゃいけないなんて、本当は思ってなかったのに。

 

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映画 フレンチアルプスでおきたこと

 

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映画における 大人が泣く 名シーンというのは山ほどあるけど、

これは今まで見た中でいちばん面白かったし悲しかったし情けなかったしかわいかった。

きっと会社ではそこそこエリート、家族のために頑張ってきて、頼れるお父さんだった

だけどあることをきっかけにその像がみるみると崩れ落ち、なにかが吹っ切れてとうとう大声で泣きだす。

体格のいい大人の男がオイオイ泣き、「なんだこいついい加減にしてくれよ、、」という呆れ顔の妻、いつもと違う父に心配する娘と息子。「パパ大丈夫?」と父をなだめる子供、擦り寄ってくる子供達を抱きしめてますます泣く男。その家族を引きのショットでただ映すアングル。

ああ、情けない!面白い!

 

人間ってさあ、情けないよなあ。はは。笑っちゃうよ、本当にこの映画だいすき。こうやってオイオイ泣くことで情けなさを確認したら明日からの人生ってなんだか明るそうじゃない?はは。

 

涙とかじゃないんだよ、泣くっていうのがいいんだ

 

(邦画は涙が綺麗に流れるか否かを重視している気がする。顔ドアップにして鼻水が見えるのとかはとても萎えてしまってあまり好きじゃない)

 

 

 

映画 アスファルト

映画を観終わって外に出ると、街がとても静かで、
アパートや、そのドアの佇まいが何かを語りかけている気がしたし、静かであることが語るものも感じた。
そう、この映画は団地の壁やドア、階段、エレベーターがみんな語ってた。みんなそれぞれがキャラクターみたいに映り込んでいた。
エレベーターをこっそり使う車椅子男と、夜勤看護士。
若い頃の栄光にしがみつく女優と隣の男子高校生。
フランス語の分からない宇宙飛行士と英語の分からない奥さん。

 

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かもめ食堂

かもめ食堂を見た。

ヘルシンキへ旅行で行くことになったので久しぶりにこの映画を見た。私にとって「フィンランド」といってまず思いつく映画はこの「かもめ食堂」なのだ。

 「かもめ食堂」のロケエピソードが語られる片桐はいりの「わたしのマトカ」というエッセイによれば、フィンランドで作られる映画は年にたったの20本ほどであるという。どおりでフィンランド映画で検索しても全然出てこないわけだ。最近でいうと「365日のシンプルライフ」や「アングリーバード」の映画版なんかはフィンランド映画だそう。でもやはり有名なのはアキ・カウリスマキ監督の作品だろう。静かで重い人々の雰囲気がいつもただよう彼の作品が実はフィンランドの人々の様子を切り取っているのかもしれない。

 そしてこの「かもめ食堂」はあくまでも日本映画。ロケは全てフィンランドで行われたらしいけど、描かれているのは日本人が思い描く「フィンランドっぽさ」。というか、今フィンランドと言って日本人(女子)がイメージするもの(「マリメッコ」「鮮やかな色」「港のマーケット」「穏やかな町並み」「ゆったりした雰囲気」「のんびりした人々」など)は実はこの映画によって作り上げられたんじゃないかと思う。そのくらい、女子向けガイドブックにのっているフィンランド像と「かもめ食堂」のフィンランド像は似ている。

 そして荻上直子作品ではよくあることだけど、現実的な部分(経済的に大丈夫?やっていけんの?とか)は全く考えなくて良い(むしろ考えるな)完全なるファンタジー映画であるということを念頭に置いてみなければ楽しめないだろう。サチエの経営するかもめ食堂は初めの1ヶ月一人も客が来なかったようだし、どこに収入源があるのかは不明だし、みどりさんも居候しているけど収入があるわけでもない。完全にやっていけない人間たちの生活だけどそれでも成り立っているというところには目を瞑らなければならない。

 それでも私はこの映画のことを手放しに「つまらない」とは言い切れない。むしろ、前々から好きな部類だった。それはやはり彼女らへの憧れがあったからだろう。

 もたいまさこ演じるまさこは「荷物が出てこない」と言って登場するのだけど、これがまあ、もたいまさこが元から持っている独特の雰囲気も相まってかなりミステリアスなおばさん感がでている。港でかもめに「私の荷物はどこですか」って話しかけているときは「こいつやばいやつ」感が出すぎている。それから、やっと荷物が戻ってきてホテルで中を開けてみると消えたキノコがぎっしり詰まっているという超やばいシーンがある(なぜかギラギラ光っている)。そして、そのことを航空会社かなんかに電話するのだけど、

「確かに私の荷物に間違い無いみたいなんですけど、なんだか…違うんです」

とか言っても相手困るだけだろう!係りの人も暇じゃないんだからさあ。とか思ってしまうし、しかもそのあと近寄ってきた老人に無言で猫を渡されるというシーンはおもわず「いやどんなメッセージ性やねん!!?!??」と突っ込んでしまう。

 でも改めてもたいまさこという女優はなんだかすごいということを感じた。彼女はまず姿勢が素晴らしい。背筋が伸びているし、首が座っていて、凛として落ち着いた女性という雰囲気が身体から出てきていてすごい。彼女が着ている服や持ち物が素敵に見えるのはその佇まいからくるものなのだろう。あの姿勢のよさを見習いたい。背中で語るというのはこのことか。

 片桐はいり演じるみどりというの役は映画にユーモアとしてのスパイスみたいになっている。これがなんというか…一言で言えば「偏差値が低め」のキャラクター。映画においてキャラクターの偏差値を下げるということは見ている人の共感を得やすいことからよくあることだと思うけど確かにみどりさんは可愛らしい。

 例えば、もたいまさこが山に行ってキノコ狩りをしたけど帰ってくる間にいつの間にか消えてしまったという世にも奇妙な話をしているのにみどりさんは「へえ・・・」と一言。さらに、「ご注文はいかがなさいます?」と何事もなかったかのように続ける。そして、サチヨのおにぎりの良い話(母を早くに亡くし、父親がおにぎりを作ってくれたという話)を聞けばわかりやすく涙ぐんだり。そもそも世界地図を適当に指差してフィンランドに来たけど迷子になったから本屋にとりあえず入ったとかいうエピソードもすごいバカっぽいよなあ。それから変な柄のTシャツを色違いで持っていたりもして。トンミー・ヒルトネンのことをいつも「ねえトンミー・ヒルトネン」とフルネームでよぶところもそう。

 とにかく、能天気そうな人だけどそんな彼女もどうやら色々抱えてフィンランドへやってきたようではある。でもそこが掘り下げられることはなかったな。

小林聡美は一向に本音を語らない。店を始めた理由、フィンランドを選んだ理由、何に関しても聞かれるたびに違うことを言ったりその場で考えたことを言っていたり、一番謎めいている。彼女はなぜフィンランドを選んだのだろうか。なんとなくここならやっていける気がした、という言葉に全てがるような気もする。

 

ひとり

 

 

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わたしはひとりがすきだ。

 

ひとりっ子で両親は共働きなのでよくひとりで遊んでいた。ひとりでおままごともしたし、ひとりで人生ゲームもやった。寂しく聞こえるかもしれないが、当の本人は寂しさなんて感じていなかった。それが当たり前だったから。

 

それでもひとりがずっと好きだったわけではない。小学生の時は夏休みが大嫌いだった。家にひとりで居なくてはならなかったからだ。暇すぎることに絶望して毎日泣いていた。私は今考えるととても保守的で、変化や冒険を嫌った。場所見知りも人見知りも激しかったので、電車にひとりで乗れるようになったのは中学になってからだし、学校以外の時間に友達と遊ぶという手段を学んだのは小4だった。つまり、膨大な夏休みという時間を狭い家の中でひとりで過ごす他なかった。暇で辛いということを仕事中の両親に泣きながら電話することがよくあった。

要するに、暇には耐えられなかった。

 

月日は流れ、大学生になった今、ひとりの時間はかなり好きだ。それは、暇をどのように過ごせばいいのか分かってきたからだ。私がひとりの時間を楽しく過ごすには、電車に乗る力と、お金と、インターネットが必要だったのだ。

 

私は時間があるとき、とりあえず電車に乗る。それも必ず東へ行く。三鷹よりは確実に東に行きたい。西へ行くと、置いてかれてるようでなんだか寂しくなるのだ。わたしは新宿の駅に降り立つと、生きている心地がする(もっと丁度いい言葉がある気がする)。新宿駅は人が多すぎるけれど、好きな場所だ。ここから始まるのだ、いろいろ。

新宿まで行ったらあとはどこに行ってもいい。とりあえず本屋に入って新刊をチェック、とりあえず店に入り物を見る、とりあえず服屋に行って、とりあえず新作の映画を見て、とりあえず・・。用事がなくても忙しなく動ける。ちなみにお金を使うのは好きな方だ。貯めるより使う方がいい。

 

もちろん家で過ごすことも大いにある。スマホとパソコンがあればもう何時間も過ごせると思う。映画やYouTubeがあれば刺激はいくらでももらえる。音楽やラジオをかけたっていい。

 

ひとりで過ごす方法、自分が好きなものを知れば、暇はもう怖くない。

 

ひとりの時、私はアタマが解放される感覚にある。わたしを動かすのはわたしでしかなく、わたしがどんな動きをしようと、咎められるものも褒められるものもないのだ。

 

こないだ、映画を見に新宿まで出たものの、財布を忘れたことに気づき、一旦家まで取りに帰り、また新宿まで行って映画を見たことがある。この苦労は、他人に認識されて初めて苦労になる気がする。わたしがこの行為を

 

エンドロールの最後まで見続けた。

これを見終えて気付いたことは、私の心はまだあの10代の中に置き去りになっているということだ。それは必ずしもネガティブな事ではなくて。