読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

わたしとギンレイホール

 

ギンレイホールがたまらなくすきだ。

 

f:id:sg1015:20170215114422j:image

 

ギンレイホールは、飯田橋の駅から歩いてすぐの二本立て名画座だ。
もともとわたしは映画館がとても好きだし、ギンレイホールに限らず早稲田松竹や目黒シネマ、阿佐ヶ谷ユジクなどの劇場はもちろん、新宿(アクセスがいいので)のTOHOやピカデリー、バルト9、カリテやテアトル、武蔵野館と行ったシネコンは本当によく通っている。

 

それでも、ギンレイホールだけはそれらとは違う特別感があるように思う。

 

チケットを買い、そのまま劇場に入ってどこに座ろうか見渡しているとき、わたしは密かに笑ってる。確実に笑ってる。1人で劇場を見渡しながらニヤニヤしてるなんて側から見たらとても不気味だと思う。そんなことは分かっているけどそれでも堪え切れない笑みがこぼれてしまうのだ。
わたしはこの笑みがどんな感情から来るものなのかよく分からない。安心感なのかはたまた高揚感なのか。言葉にしてしまうとかけ離れているようにも、また確かにそうだとも言える。

 

ギンレイホールの何がそんなに特別なのだろうか。

 

具体的に分かっていることは

 

客がみんなひとりなこと、
幕間が静かなこと、(喋る人がいない)
若い人がいないこと、
ほどよく席が空いてるのでみんな見やすい場所にちょこちょこ移動すること、
古本屋さんみたいな匂い、
笑うとこでちゃんと笑えること、
常連っぽい「慣れてる」人がたくさんいること

 

かなあ。

二本立てで学生なら1200円。ロードショーに比べれば格段に安いのもいい。

私はよく好きな人や場所の匂いで幸せになったりするから、匂いは大きいのかもしれない。

それに1人で来る人が多いというのは良い。私もここに来るときは1人で行く。まあ、わざわざ会って半日を映画で潰し合う友達なんてそうそういないか。1人の時間を楽しんでるというのはとても素敵だ。みんな、映画を見て静かに出て行ったあと、何をしているのだろう。近くのベローチェでコーヒーを飲むのだろうか、神楽坂までフラフラ歩いて赤城神社へ行くのだろうか、余韻に浸って斜め上を見ながらボーッとするのだろうか、はたまたすぐに電車に乗って現実世界にまた溶け込むのだろうか。

私は全部やったことがある。

 

そうだ、私がギンレイホールで最も好きなのは、

二本立て続けに映画にどっぷりハマったあと、フラフラと映画館を出て外の空気を感じる瞬間なのである。

人通りの少ない大きな道路、何食わぬ顔で通常営業しているカフェ、神楽坂までの道、飯田橋の駅のホーム。イヤホンを付けず、ケータイはオフのまま。社会の音と靴の音を聞く。風が吹く。

映画館に入る前と出てきたあとの世界は確実に違う。社会の渦にのめり込んで離れなかった自分がリセットされる感覚がある。

 

映画の世界から元いた場所へ戻るまでの時間がいちばん特別なのがギンレイホールなのだ。

 

 

 

たかが10分、されど10分

映画『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス

 

10ミニッツ・オールダーは、15人の監督が10分間で“時間”をテーマに撮影・制作したコンピレーションフィルム。

 

チェコ映画について調べていたときにたまたま見つけた。10分だから難解で地味な映像であったとしても気兼ねなく見れるし、「時間」というテーマも面白い。なによりジム・ジャームッシュアキ・カウリスマキが参加しているということが見なくてはならぬという意欲をかき立てた。

 

ツタヤに行ってみるとDVDパッケージが思いもよらず派手だった。

ビビットなピンク地の表紙の裏には「映画至上空前絶後!超巨匠監督15人による比類無き、究極のコンピレーション・ムービー!」とある。10何年前の若手お笑いライブの広告みたいにやたらテンションが高くて、映画界のバブル?的な空気を感じた。

 

そして早速カウリスマキジャームッシュが収録されている「RED」版を見た。

 

REDには7人の監督による7本の作品が収録されている。これには「人生のメビウス

(The Trumpet)という副題が付いている。

トランペットが邦題で人生のメビウスとなるのは何故だ?メビウスって人の名前?ウルトラマン

見終えた感想は、たったの10分、されど10分。

10分という時間でこれだけのことが表現できるのか・・!

 

特に印象に残った三作品

 

アキ・カウリスマキ「結婚は10分で決める」

 

f:id:sg1015:20170213112328j:plain

 

マルック・ペルトラという俳優は、『かもめ食堂』に出てくる。私にとって彼はカウリスマキの『過去のない男』よりも『かもめ食堂』にでてくるおじさんなのだ。

かもめ食堂』ではお茶目な顔を見せた彼であるが、カウリスマキの作品となると無表情を極める。カウリスマキ監督は彼に演技について「左眉だけなら動かしてもいい」と指導したらしい。「結婚」という人生の節目に立ちながらもはや左眉さえもビクともしない中年男女。向かうはシベリアフィンランドから?こないだヘルシンキに行ったけど、カウリスマキみたいな不穏な空気があの頃あったのだろうか。色合いがビビットで時計が可愛らしい。そしてここから『過去のない男』に続く?らしい。見たい。

 

ビクトル・エリセライフライン

 

f:id:sg1015:20170213112329j:plain

 

この作品が一番すごいと思った。たったの10分に現在・過去・未来・生・死・日常…全てが詰め込まれていた。ラストのナチス国境閉鎖の新聞記事に水が滲むカットは、未来への不穏を予感させる余韻を残してる。

現在・過去・未来・生・死・日常を表すイメージがリズミカルに映し出され、常に目を奪われていた。すやすやと眠る赤ん坊に滲む真っ赤(モノクロだけど鮮明)な血、滲んでいくのと並行して描かれるそれぞれの日常、幸せな家族写真、戦争の影…

ライフライン」は赤ん坊の生死の境界線であると同時に、人間の絶え間なく繰り返される日常という時間の流れといった横の大きな軸をも感じさせる。

すごいな、されど10分。

 

ジム・ジャームッシュ「女優の休憩時間」

 

f:id:sg1015:20170213112330j:plain

 

これは女優の10分間の休憩時間をただ描いたもの。特に何が起こるわけでもない。

彼女はラジカセでCDを流し、タバコに火をつけ、ただ友達と電話をしている。たったの10分の休憩中であるにもかかわらず、入れ替わりでせわしなくやってくるスタッフに、彼女は呆れるでもなくただ指示に従う。何かもう、全てに無関心で上の空といった感じだ。明らかに「休憩」できていない状況に対して彼女はひとかけらの抵抗心も持たないのだろうか。

従順なようでいてそうでもない。彼女の人間味は実はたくさん映し出されている。「脱がないでね」と言われたそばから靴を脱いだり、運ばれてきた食事のプレートにタバコを押し付けたり。彼女が女優としてこの先どのような人生を歩んでいくのか、未来を想像してしまうような広がりを見せる10分だった。

 

 

それから、作品と作品をつなぐときに流れるトランペットの音も良い

川の流れが毎回映し出されるのもとてもいい。水が流れていく様子は時間の流れを連想させる。川は人生だ。

 

とても贅沢な作品だと思う。

 

この世界の片隅に

映画 この世界の片隅に

 

満員のテアトル新宿で観てきた。

テアトル新宿で見るときは、いつも周りに人がいなくて(そういう時間を選んでるのもある)、ガラーンとした館内で大きなスクリーンを眺めるという状況が好きでもある。

例えば、前田司郎監督脚本の「ふきげんな過去」のあるシーンで爆発音が鳴り響くんだけど、その音がドォーーンと響き渡ったあの映画館の雰囲気よかったなあ、、って。ドォーーンっていうのを静寂と私が受け止める感じが。

 

というテアトル新宿のはなし。

 

そして

この世界の片隅に」です。

連日満員でチケットが取れず。好評の声を聞くたびに見たいと思うけど当日だと立ち見しかない。仕方なく前々日にオンラインで買った。

 

いやあ、よかった。

好評も納得。これは、トトロよりも火垂るの墓よりも、ずっと残って日本中に見て欲しいなと勝手に思いました。

 

例えば米を炊くとか豆を煎るとかそういう何でもない生活をわざわざ描くってことに世界の片隅の物語がたくさん詰まっていたり。

明日に米を残しておくことやツギハギをすること、家を掃除して直しながら生活することに実はこんなに生命力があるんだな、と改めて感じたり。

 

原作のこうの史代さんも、戦争を体験していない世代。でも、体験していないからって語ってはいけないなんてこと、ないですよね。

むしろ、これからは非体験者がどんどん増えていく。そんな中でこんなにリアリティを持って戦争を語ることができたのはある種の希望だと思います。

 

あとこの映画がクラウドファウンディングでできてるっていうのも素晴らしい。何か明るいものを感じる。

 

f:id:sg1015:20161203111558j:image

 

ご飯を作ることが、こんなに生命力に溢れてるんだなあ。すごい。

映画 告白

映画「告白」を見た。

 

NetFlixに新しく追加されていて、時差ぼけで眠れなかったので朝方のおかしな時間からこの作品を見た。

 

中島哲也監督の「渇き。」は一昨年公開時に映画館で見たのは記憶に新しい。だが、その時の感想といえばひどいものだった。正直、最悪。映画を見ていてあれほどに「早く終わってくれ」という感情を抱いたものは他にない。

何がそんなに気に食わなかったといえば、登場人物すべてに感情移入ができないこと。まあそういう映画は他にもあるんだけど、そのことが織りなす効果みたいなものがない。ただイライラする。それと狂ったような時系列の演出、正直わかりづらい。なんとなく、「ヤバイでしょ?これ。」というような作り手のドヤ顔が垣間見れて、それが滑っているといった感じで嫌気がした。

 

その中島監督の作品だからどんなものかとあまり期待せずに見たが

正直かなりおもしろかった。

 

まず、犯人探しをするようなサスペンスではなく、犯人は早めに明かされて、その「復讐」に焦点が当てられているところ。その復讐にあたって登場人物のさまざまな思いが痛烈に描かれているところ。「渇き。」よりもかなり人間臭い映画だと思った。

だって、登場人物のその行為の動機が、全部わかるんだもの。「狂気」ってそんなに異常事態でもなくて、人間の誰にでもある「弱さ」の裏返しなんだってこと。それがわかりすぎて恐ろしくなる。うん、わかる。

 

さらに松たか子の「なーんてね」で終わるオチもかなりすっきりするし、音楽の使い方もかっこいい。レディオヘッドの絶望感がすごいぜ。

私はこの映画、かなりおもしろいなと思ったよ。

 

 

映画 ギター弾きの恋

f:id:sg1015:20161027100340j:image

ギター弾きの恋 / ウディ・アレン

 

色合いが好きなシーン。


このエリック、本当にどうしようもないやつだといらいらもするのだけど、ショーンペンだからこそなのかな、憎めなくてむしろ愛おしいし、振られた時なんて可哀想で仕方なかった。

そしてギターをぶっ壊すシーンはなんとも言えぬエモーション。
これは私の話だけど、保育園に通ってた時に頑張って書いた絵を母親に見てもらえなくて、その悲しさやら悔しさやら何やらで意味わかんないくらいモヤモヤして、その絵をビリビリに破いて泣いたことがある。その後母親がビリビリになった絵をセロテープで修復してるのを見てなんか後悔することになるんだけど。ただ、その時の悲しさ、悔しさ、とも言い固めることのできない蟠り、どうしようもならない寂しさ、なんかそんなことを感じた自分と、大好きなギターをぶち壊すショーンペンが重なったんだよなあ。

音楽 サケロック ホニャララ

f:id:sg1015:20161027093657j:image

予備校に通ってた頃、iTunesの視聴を録音したものを何回も何回も聞いてたSAKEROCKの「ホニャララ」。

視聴だから1分くらいでぷっつり切れてしまうんだけど、それでも何回も何回も聴いていた。おかげで今でもこのアルバムを聞くと予備校の自習室を思いだす。どうしてあんなに飽きなかったのか?


こんなに面白くて敷居が低くて、それでいて上手くて気が利いててすごい音楽があることに驚いた。これだ、わたしの好きな音楽はこれだ、、、、、、、、!!と思った。

それまで聴いていたロックバンドとは違うと思った。叫びではなくて、音の楽しさだった。
大人のかっこよさを知った。
かっこよさってたくさんあるけど
気の利いたギャグのかっこよさほどかっこいいものは無いと思ってる。
SAKEROCKにはギャグがたくさん詰まってる。でもそれはかっこいいギャグなのだ。でも、かっこつけではないのだ。
星野源マリンバさばきもさることながら、
やっぱりハマケンのトロンボーンの素晴らしさに酔いしれずにはいられない
。

「今の私」の歌うような美しいトロンボーンは本当に聴き心地がいい。トロンボーンはもっとも人間の声に近い楽器と言うが、まさに歌うように奏でるからインストバンドだって思わない。

 

この後わたしがクレイジーキャッツトニー谷、そしてマーティンデニーを聞き始めるようになるのは言うまでもない。

映画Mommy

f:id:sg1015:20161027000256j:image

 

Mommy グザヴィエドラン

 

映画館で観れて本当によかった

たしか早稲田松竹で「ドライヴ」というとんでもない映画と二本立てで、両方とも違う意味でエネルギーを使わないと見れない作品だったので頑張って見すぎてもれなく風邪を引いた記憶がある。


わたしはこの映画を見て、映画の良さを改めて感じたし、ひいては人間とゆうものの直向きさがなんて美しいんだとおもった。
これは私にとって生涯(まだ20年だけど)最も愛しい映画です。

 

世界的に馴染みのあるWonderwallをここぞと流す、そんな若手のドランが本当にかっこいい。イントロで泣いた。
音楽とスローモーションで最高にエモーショナルの頂点に達したところで、ぐいーんと画面広げちゃうんだからもう。ああ世界はこんなに広かったのか!興奮と感動と驚きで、ああ、映画っていいなぁと改めてしみじみ思う。
でもあとで考えればこんな幻のような幸せな時間はこの曲と共にやっぱり終わってしまうわけで。
現実はただそこにある。狭苦しい正方形の世界はいつもそこにある。この仕掛けは夢のように幸せなひと時と同時に、現実と向かい合わなければならないことを突きつける。うまいなあ。
でも楽しく生きるには、一瞬でもそんな広いスクリーンへの世界が絶対必要だ。希望なんだよ。少なくとも私には。
Born to dieの終わり方は最高にかっこいいし、それは希望だと思いたい。映画だもん。それが映画であるべき気がするんだ、だってどうしたって映画は大衆文化なんだから!
観終わった後はこの曲を何度も聞いてしまいながら、スティーヴの楽しそうに走り出す顔を思い出すんだ。

 

f:id:sg1015:20161027000712j:image

 

あとは何と言ってもフライヤーのかっこよさなんですよね。