わたしとギンレイホール

 

ギンレイホールがたまらなくすきだ。

 

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ギンレイホールは、飯田橋の駅から歩いてすぐの二本立て名画座だ。
もともとわたしは映画館がとても好きだし、ギンレイホールに限らず早稲田松竹や目黒シネマ、阿佐ヶ谷ユジクなどの劇場はもちろん、新宿(アクセスがいいので)のTOHOやピカデリー、バルト9、カリテやテアトル、武蔵野館と行ったシネコンは本当によく通っている。

 

それでも、ギンレイホールだけはそれらとは違う特別感があるように思う。

 

チケットを買い、そのまま劇場に入ってどこに座ろうか見渡しているとき、わたしは密かに笑ってる。確実に笑ってる。1人で劇場を見渡しながらニヤニヤしてるなんて側から見たらとても不気味だと思う。そんなことは分かっているけどそれでも堪え切れない笑みがこぼれてしまうのだ。
わたしはこの笑みがどんな感情から来るものなのかよく分からない。安心感なのかはたまた高揚感なのか。言葉にしてしまうとかけ離れているようにも、また確かにそうだとも言える。

 

ギンレイホールの何がそんなに特別なのだろうか。

 

具体的に分かっていることは

 

客がみんなひとりなこと、
幕間が静かなこと、(喋る人がいない)
若い人がいないこと、
ほどよく席が空いてるのでみんな見やすい場所にちょこちょこ移動すること、
古本屋さんみたいな匂い、
笑うとこでちゃんと笑えること、
常連っぽい「慣れてる」人がたくさんいること

 

かなあ。

二本立てで学生なら1200円。ロードショーに比べれば格段に安いのもいい。

私はよく好きな人や場所の匂いで幸せになったりするから、匂いは大きいのかもしれない。

それに1人で来る人が多いというのは良い。私もここに来るときは1人で行く。まあ、わざわざ会って半日を映画で潰し合う友達なんてそうそういないか。1人の時間を楽しんでるというのはとても素敵だ。みんな、映画を見て静かに出て行ったあと、何をしているのだろう。近くのベローチェでコーヒーを飲むのだろうか、神楽坂までフラフラ歩いて赤城神社へ行くのだろうか、余韻に浸って斜め上を見ながらボーッとするのだろうか、はたまたすぐに電車に乗って現実世界にまた溶け込むのだろうか。

私は全部やったことがある。

 

そうだ、私がギンレイホールで最も好きなのは、

二本立て続けに映画にどっぷりハマったあと、フラフラと映画館を出て外の空気を感じる瞬間なのである。

人通りの少ない大きな道路、何食わぬ顔で通常営業しているカフェ、神楽坂までの道、飯田橋の駅のホーム。イヤホンを付けず、ケータイはオフのまま。社会の音と靴の音を聞く。風が吹く。

映画館に入る前と出てきたあとの世界は確実に違う。社会の渦にのめり込んで離れなかった自分がリセットされる感覚がある。

 

映画の世界から元いた場所へ戻るまでの時間がいちばん特別なのがギンレイホールなのだ。