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ひとり

 

 

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わたしはひとりがすきだ。

 

ひとりっ子で両親は共働きなのでよくひとりで遊んでいた。ひとりでおままごともしたし、ひとりで人生ゲームもやった。寂しく聞こえるかもしれないが、当の本人は寂しさなんて感じていなかった。それが当たり前だったから。

 

それでもひとりがずっと好きだったわけではない。小学生の時は夏休みが大嫌いだった。家にひとりで居なくてはならなかったからだ。暇すぎることに絶望して毎日泣いていた。私は今考えるととても保守的で、変化や冒険を嫌った。場所見知りも人見知りも激しかったので、電車にひとりで乗れるようになったのは中学になってからだし、学校以外の時間に友達と遊ぶという手段を学んだのは小4だった。つまり、膨大な夏休みという時間を狭い家の中でひとりで過ごす他なかった。暇で辛いということを仕事中の両親に泣きながら電話することがよくあった。

要するに、暇には耐えられなかった。

 

月日は流れ、大学生になった今、ひとりの時間はかなり好きだ。それは、暇をどのように過ごせばいいのか分かってきたからだ。私がひとりの時間を楽しく過ごすには、電車に乗る力と、お金と、インターネットが必要だったのだ。

 

私は時間があるとき、とりあえず電車に乗る。それも必ず東へ行く。三鷹よりは確実に東に行きたい。西へ行くと、置いてかれてるようでなんだか寂しくなるのだ。わたしは新宿の駅に降り立つと、生きている心地がする(もっと丁度いい言葉がある気がする)。新宿駅は人が多すぎるけれど、好きな場所だ。ここから始まるのだ、いろいろ。

新宿まで行ったらあとはどこに行ってもいい。とりあえず本屋に入って新刊をチェック、とりあえず店に入り物を見る、とりあえず服屋に行って、とりあえず新作の映画を見て、とりあえず・・。用事がなくても忙しなく動ける。ちなみにお金を使うのは好きな方だ。貯めるより使う方がいい。

 

もちろん家で過ごすことも大いにある。スマホとパソコンがあればもう何時間も過ごせると思う。映画やYouTubeがあれば刺激はいくらでももらえる。音楽やラジオをかけたっていい。

 

ひとりで過ごす方法、自分が好きなものを知れば、暇はもう怖くない。

 

ひとりの時、私はアタマが解放される感覚にある。わたしを動かすのはわたしでしかなく、わたしがどんな動きをしようと、咎められるものも褒められるものもないのだ。

 

こないだ、映画を見に新宿まで出たものの、財布を忘れたことに気づき、一旦家まで取りに帰り、また新宿まで行って映画を見たことがある。この苦労は、他人に認識されて初めて苦労になる気がする。わたしがこの行為を